燃えよドラゴンズ

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【日本古代史】

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古代人の存在証明

土偶や縄文式土器を見ると、縄文人がすぐそばに生きているように感じる。
文字がない時代に彼らはこうやって自分が生きていたことを主張したのだ。
対して弥生式土器は芸術性に乏しい。
弥生人の芸術性を感じるのは銅鐸だ。
しかし、この銅鐸が出土するのは出雲・畿内に限られる。


三種の神器信仰は古く、九州から近畿に伝搬したもの。九州の三雲・須玖岡本遺跡などから甕棺墓地の主な副葬品として鏡・玉・剣のセットが出土している。
その一方、出雲・近畿地方に出土していた銅鐸は、打ち棄てられ継承されていない。
これらのことから九州からの征服者が近畿圏の先住者を滅ぼして大和朝廷を打ち立てた事が推察される。
いわゆる神武東征である。


日本人の聖書「記紀」

神話に含まれた歴史

世界のベストセラー「聖書」。
西洋人の思想の礎であり、トーマス・マンの小説「ヤコブとその兄弟たち」や映画「ジェイコブズ・ラダー」など聖書を題材にした小説・映画は枚挙にいとまがない。
日本人にとって「記紀」と呼ばれる「古事記」と「日本書紀」はいわば聖書のようなもの。
しかしながら敗戦によって「記紀」に書かれた神話は否定され、教科書から消えた。
津田左右吉の記紀批判の流れから「日本の歴史(中央公論社)」では神話で史料的価値はないとされた。
私自身も何となく敬遠していた。
特に「日本書紀」は、藤原氏による官製歴史の匂いがして、好きになれなかった。

中央公論社の「日本の名著」シリーズには大変お世話になっている。

世阿弥の「風姿花伝」や吉田松陰「留魂録」福沢諭吉「学問のすすめ」陸奥宗光「蹇蹇録」など先人と語り合うことができるのはこの上ない喜びだ。

しかし、残念なことが一つある。

「日本書紀」があっても「古事記」がないのだ。

漢文で書かれた「日本書紀」に比べて、万葉仮名で書かれた「古事記」には大和言葉の良さが発揮されていて描写にリアリティがあり、物語性にあふれている。
同じ天武天皇の命による歴史書だが、「日本書紀」が外国向けに書かれた公式記録であるのに対し、「古事記」は後世の日本人まで伝えようと書かれた、いわばバイブル。
「日本」という国名や「天皇」という称号を定め「富本銭」という通貨まで作った稀代の創業者、天武天皇には感謝と畏敬の念しかない。


古事記を読んでみて驚いた。

えらく客観的なのである。

「異説あり」として色々な説を紹介している。

資料として論ずるに値することは間違いない。


【邪馬台国は女王が都するところ】

邪馬台国という国はなかった。
以前記したように「魏志倭人伝」で書かれた邪馬台国は「女王が都するところ」いわば首都の名で、名前も一度しか出てこない。
卑弥呼は、九州にあった「倭国」の女王すなわち天照大神だった。
以前だったらトンデモ扱いされたかもしれないが、ネット社会の今、この主張は、かなりの人に支持されている。
https://ironna.jp/article/4548?p=1
記紀で日向伝説と出雲伝説の扱いが大きいのは、そういった背景があったからだと思う。
記紀でも公式記録たる「日本書紀」では出雲伝説の記述が少ない。アマテラスとの国譲りの話だけである。


古代日本は、アマテラスを祖とする九州王朝とスサノオを祖とする出雲王朝の二大勢力が競い、最終的にアマテラスが勝利してヤマト王朝を築いた。

【通貨】ビットコインの作者

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サトシ・ナカモト(Satoshi Nakamoto)は、ビットコインプロトコルと、そのリファレンス実装であるビットコインコア (Bitcoin Core/Bitcoin-Qt) を作ったことで知られる。

サトシ・ナカモト
サトシ・ナカモトを記念してブダペストに作られた胸像
著名な実績ビットコインプロトコルと、そのリファレンス実装であるビットコインコアの発明
その正体は?
サトシ・ナカモトから最初のビットコイン取引を受けた人物であり、同名の日系プログラマーであるドリアン・サトシ・ナカモトと同じカリフォルニア州テンプルシティの近所に住み、ビットコインプロトコルの前身であると考えられているビットゴールドプロジェクトの限られたメンバーでもある(ビットコインはその類似性からビットゴールドを元にビットゴールドのメンバーによって作られたと考えられている)。さらにサトシ・ナカモトがweb上から徐々に姿を消していく時期とハル・フィニーがALSを患い亡くなるまでの時期が同時期であり、ハル・フィニーの死後にサトシ・ナカモトが現れていないことから、ハル・フィニーのサトシ・ナカモト説が考えられている。

立浪前監督に見るリーダー論

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理想の監督とは?

  1. 監督は正直であること→公平でえこひいきとないこと
  2. 問題があれば、必ず個別に注意すること
  3. 選手に尊敬されること
  4. それぞれの役目を理解できる選手を育て上げること

☆誰からも尊敬されるチームの中心選手を育てること

勝てる監督は何が違うのか
勝てる監督は何が違うのか
宝島社
本

若松・マニエル・辻などたくさんの監督を育てた広岡達郎の著書では「立浪監督にはガッカリした」と酷評される。


立浪前監督とは?

  1. 不公平で嘘つき→「若返りを図る」と言いながら、郡司など有望な若手を放出し、クビになった中島・中田、かつては福留などを起用して若手のチャンスを奪った。阿部にはヒゲを剃らせたのに他の選手にはお咎めなし。
  2. 問題があっても注意せず知らんぷり。7/9の対横浜戦で龍空が走塁失敗してもコーチに注意するでもなく、「久しぶりに塁に出たから」と皮肉る。
  3. 選手から軽蔑されている。
  4. 監督に定見なく、誰も自分の役目がわからない。根尾は、知らぬ間に内野手から外野手再び内野手かと思えば投手へ。

練習熱心な大野・大島・ビシエドなど尊敬されている選手を妬み、腐らせる。


巨人・阿部慎之介監督は、原辰徳前監督の失敗を踏まえてチームを大改造。

  1. ヘッド二岡、投手チーフ杉内、内野守備川相と、技術力の高いコーチを起用。お友達内閣を改めた。
  2. リード面で難のある大城を控えに回すなど捕手の重要性を理解。
  3. 衰えた坂本をサードに回すなど、守備重視のチーム作りが徹底している。
  4. 優勝には投手力が重要と、ベテラン菅野が衰えを見せはじめる前に若手の育成に成功。

今年は、巨人がリーグ優勝だね。日本一は無理だろうが・・・

(↑予言的中2025.4.15)


ちなみに井上現監督も勝てる監督ではなかった。

なぜなら守備を軽視しているからだ。

1970年代、別当薫監督率いる大洋ホエールズは、松原誠・シピン・ボイヤー・江藤愼一・福島久晃といった攻撃型オーダーを組んだ。

結果、得点以上に失点が重なり優勝できなかった。